日記・コラム・つぶやき

2009年11月18日 (水)

オークション

初めて入札に参加しました。
締め切りまでまだ時間があるので、最終落札ではないけれど・・・。
前から欲しかった「フットペダル」

締め切りは20日の金曜日、あと2日、待ち遠しい。

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2009年11月16日 (月)

ある土曜日の朝

休日の日はいつもこんな感じでやんす

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2009年10月23日 (金)

CS2ST

クライマックスシリーズセカンドステージの略

読売ジャイアンツVS中日ドラゴンズ

昨日まで2勝(巨人1勝アドヴァンテージ)1敗で巨人がリード。
今日の一戦がキーポイント、巨人が勝てば王手をかけるし、中日が勝てばイーブンのタイ。
というわけで今日は何としても中日が勝たねばならない、のである。
これまでの3戦とも中日が先制し、有利な展開に持って行っているにも関わらず、巨人打線の中盤から終盤にかけての集中力はもの凄いものがある。
いくら投手力に安定感がある中日でもシーズン通じて巨人打線にはやられてきた・・・。

というわけで、今宵の試合もそのまんまの展開。
もう力抜けまくり、風邪も治らんし、明日の山行も中止、ううう、いいことないこと尽くしなのである。
明日は中日が勝ちますやうに。

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2009年10月21日 (水)

風邪

をひいた(ようです)。
昨日から「何か変だな」と思いながら1日を過ごし、帰宅して夕食後にのどが痛くなって来た。
「遺憾」と思いながらもこうなってはどうしようもない。
暖かくして午後9時に就寝。
夜中に「えっまだ11時、まだ1時、3時」と大体2時間おきに何度も目を覚ました。

結局朝になる。熱はないけれど、とにかく喉が痛いので、近所の病院に行って診てもらう事にする。
風邪で会社を遅刻するなんて、このかたなかったのである。というのも小生しがないサラリーマン、会社も中小零細企業、自分が休む事でいろいろ迷惑をかけるので、今までなら熱があろうが何であろうが「這って」でも出勤していたのだけれ、いわゆる「新型インフルエンザ」にもし感染していたら、他の人に(感染してしまう)迷惑がかかるので、無理をせず、嫌いな病院に行きました。

平日の朝一番もあってか受付は空いていて、すぐに看てもらった。
病状を説明して、喉の奥をみてらい、先生から「喉が炎症を起こしています。薬を塗っておきましょう。ハイおしまい」「えっ、インフルエンザかどうか知りたいのですが」「熱はないんでしょ、どちらにしても風邪の引きはじめの症状にあることは変わりませんが、(新型インフルは)熱が出ないと検査できない」といわれた。

ううう、それなら無理して会社行ってもよかったのかっっっ、でもそんな状態で会社に行っても皆から「感染の疑い」が持たれ、反隔離状態で仕事をするのも何だか鬱陶しいし、「今日は休みます」って電話した。

それから帰宅して薬飲んで、一日家で「うだうだ」していた。
まあ、たまにはこういった時間を過ごすのも悪くないと思う反面、せっかちな性格が災いして「とにかく暇を持て余した」1日だったのである。

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2009年10月19日 (月)

今週末は

遠出もせず、自宅近辺でおとなしくしていました。
とはいえ、金曜日は会社の委員会(会議)でプチ接待しました。
何が凄いって、昨今の不況のあおりで交際費の経費も厳しいことから、昼食と夜食で一人当たり5000円で収めました。昼は1000円ランチ、夜は3800円飲放題付、それでも両方お座敷確保でコストパフォーマンスは決して悪くなかった(と思っている)。何でも昔の幹事(京都の担当)は舞妓を呼んだとの伝説が残っており、それにはとてもとても及ばなかったのである。
という訳で夜はタイコ練習なし。翌日のバンド練習は予習もなし、予備練習もなしという「いきなり練習」になりました。
土曜日=午前中は、長男と次男が通う小学校で父兄が企画する「親父の会」が予定されていたのだが、新型インフルエンザの影響で流れちゃったのである。突然ひまになったので、3男も加えた3人を連れて散髪に行った。いつもいく店はカットだけで子供900円、大人1500円と格安の割に美容師さんの技術が確かな事で定評があり、これ以上のコストパフォーマンスは望めんやろ!って思っていたら近所に最近できた店は老若男女一律1000円という店が出現した!気にはなるものの「技術は確かか!?」大いに疑問なので誰か近所で行った人の評判を聞いてから行く事にした。
因に、世の中には「安かろう悪かろう」が存在する。
散髪屋でいえば、個人的にもよく行くスーパー銭湯で、その中にある理髪コーナーで失敗した経験がある。
会員になっているので入浴料はもとより、飲食やもろもろの利用も割引がきくので、1200円カットをしてもらったのだが、幼稚園の坊ちゃん刈りみたくされてしもうた(耳周りを奇麗な円形で出されてしまった)のである。
散髪は子供で一人当たり20分くらいかけて丁寧にカットしてもらうので、待ち時間を含めても1時間30分ほどはかかる。従って待っている間に新聞、週刊誌、雑誌などこの1週間のネットでは入手できないような知らなかった情報がたくさん知る事が出来ました。例=ノリピーのこととか・・・。

昼からはかあちゃんが買い物に出かけるので四条まで車で送迎した。
子供達は、宿題とゲームに興じて留守番。
母ちゃんを車から降ろした後、よく行く楽器屋に、何かおもしろい(掘り出し中古品)ものでもないかとふらりと立ち寄ったけれど、特に何もなく、そそくさと家に帰る。帰宅後は、部屋の掃除したり、だらだら夕方まで過ごす。

軽く夕食を食べ、バンド練習へ。
今日は地元のスタジオで、初めてバンドで入りました。
新装した「EAST MOUNTAIN=イーストマウンテン(=東山)」スタジオ。
マスターのオーナーとは前の場所からのお付き合いで前にもブログで書いたけれど、今回一大決心をして山科の地に同業を圧倒する(!?)設備のスタジオを完成されました。
写真等、詳細は「四人案山子」ブログにて掲載(ウエブマスターNARYさん)。
http://yoninnkakasi.blog.eonet.jp/
前のおさらいと新曲にも取り組めました。あっという間の3時間でしたな。
その後、近所のファミレスでミーティングという名のだべりんぐ(しゃべくり)。
最初は、バンドや音楽以外の話で盛り上がりましたが、お酒も入っていない(全員車なのでやむなし)のに音の事やら、バンドの方向性みたいな話やら、気が付けば夜中の1時回っておるがな!!
どうもみなさんお疲れさまでした。また来月に・・・。

日曜日=長男は通っている塾のテスト、次男はかあちゃんとビーバースカウト、私と3男は家でうだうだしてました。昼に長男のテストが終わり、塾まで迎えに行って3人でラーメン食べました。
最初は「天●一品」に行こうと思うも、車が満杯で×。仕方なく、「来●亭」に行きました。およそ2年振りかっっ。
ネギラーメンを食べたのだけれど、これは1日の数量が限定されており、九条ネギをふんだんに盛り込んでいるのが特徴で、久しぶりだったけれど、意外(失礼!)に美味しかったのである。

帰宅後は家でダラダラ。仕方なくPCを使ってゲームソフトのバックアップ(つまりは違法すれすれ)なんぞに勤しみ、夕方かあちゃんと次男を駅までに迎えに行って、夜は「キムチ鍋」をして、子供の勉強見て、「天地人」と「フィギアスケート」と「エフォースワン(映画)」見て、そんでこのブログ書いて、そろそろ寝ます。

来週は山に行こう、と思っています。

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2009年10月16日 (金)

ミシュランガイド

京都・大阪版が明日(16日)発売されるそうな・・・。
先日、発売に先立っての記者発表が京都の建仁寺で開かれ、マスコミにその概要が公表された。
三ツ星は京都で6店、大阪で1店、二つ星、一つ星を含めて総数150店を超えるとのこと。

そもそも、本の発売前、本の発刊に向けて調査員がお店を回っていると言う情報が出た時点で「フランス(外国)の出版本で和食など日本の食文化の本質が理解できるのか」とか「取材(掲載)拒否の店が数多くある」「なぜ京都と大阪、神戸は?」とかいろいろ言われていました。

一庶民の意見として言わせてもらえば、「何事も評価の対象に値する」という意味で今回の(ミシュランガイド)出版は意義と意味はあると思うし、それまで広く一般には知られなかった(かもしれない)京都(と大阪)が持つポテンシャルの高さが食を通じて広まれば、それはそれで良い事だと思います。

何にもまして評価する側が一応世界的に権威がある(といわれる)ミシュランならなおさらである。

京都のある和菓子屋の社長は「京都に新幹線を停めるな」という趣旨の発言をしていた。
その真意とは、「一見さんお断り」に表現される京都人特有の考え「不特定多数(=興味本位)の人にものの本質(食べ物なら味はもとより、その周りにあるすべてのもの(素材、技術から器や場所の空間、しつらえなどなど))が理解できるのか、または理解している人にだけ理解してもらえれば良い」から来ると理解していた。

なるほど、マジョリティー(多数)ならぬマイノリティー(少数)的なるものが京都の文化の根底にはあるのやも知れない、と一人で納得している今日この頃である。

それと、「おもてなしの精神」。もてなす側が相手の事を理解していないと、心から満足させることは到底不可能である。そういう意味での「一見さんお断り」の意味もあることも忘れてはいけないのである。

一杯ハナシが脱線したけれど、京都が持つポテンシャルの高さが改めて評価されることは(京都人として)決して悪い気はしないものである。

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2009年10月 6日 (火)

1Q84

読んでいます。
1ヶ月以上前から会社の後輩に借りて、毎晩寝る前に読んでいるのだが、1、2ページ読み進める度に眠たくなってそのまま寝ちゃっているのである。
内容が難しいとか退屈で面白くないという訳では決してないのだけれど、眠たくなっちゃうので、気が付くと1ヶ月以上経っていた。そういえば、ダンブラウンの「天使と悪魔」も1ヶ月上かかって読んだ。
しかし、最近になって「早く読み終えなければ」とちょっと焦っているのである。
なぜか、作者の村上春樹氏がノーベル文学賞をとりそうだから・・・。そうなったら、さらに社会はヒートして話題になること間違いなし、というわけで流行に乗り遅れまいと昨日は10ページ読み進めた。遅っっ!
今日もがんばって2桁のページは読み進もうと思っているのである。

ちなみに今日は長男の誕生日である。11歳になりよった。
まあ、お決まりの台詞だけれど「早い」のである。
11年前に病院で何十時間もかかってお産に立ち会ったのがついこの間のよう。
ってなことの思いに浸りながら今宵はビールをちびちび飲むのである。

うー完全におっさんやなこれは

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2009年10月 5日 (月)

笑う一朗

長い長いメジャーのシーズンが終わり、マリナーズのイチロー選手が一年を振り返る会見に臨む姿をTVで見ました。ようやく重圧から解放されたのか、終始笑顔で会見に臨む姿に、シーズン途中では決して聞く事が出来ない言葉がぽんぽん飛び出した。
「初体験が多い1年だった」=9年連続200本安打、WBC2連覇はもとより、メジャー初のサヨナラヒット、プロ初の退場、2度の試合欠場(胃潰瘍&ふくろはぎ肉離れ)など、シーズンを振り返り、ノーサイドを迎えた今だから話せる「本音」が聞く側にとって興味深い。
また、一番印象に残った場面、シーンについて「最終試合の最後の打席」というのもイチローらしい発言だと思う。WBCでの決勝タイムリーでもなければ、張本氏の最多安打記録を更新した時でもなく、さらにメジャー通算2000本、9年連続200本安打でもない、それは「これで最後=(今シーズンは)もう戦わなくてもいい」場面を迎える瞬間がイチローにとっての「いろいろな重圧から解放」される瞬間こそが、まさにそうしたコメントに集約されているのだろう。

ちょっと、気付いた事。そういえば、20代、メジャー移籍から3年目くらいまでは「プレーオフ進出」「ワールドシリーズ出場&制覇(世界一)」を目指し、それが叶わなかった瞬間、非常に悔しがっていたコメントを思い出す。
ホワイトソックスの●口選手に対して「1年目のルーキーがいきなり世界一を穫るなんてふざけたヤツだ!」とか、ここ数年はチームの低迷もあって、プレーオフもワールドシリーズ出場にも縁がないだけに、彼の心の中で(チームよりも自分自身のことに)変化しているのか、もしくはチームの戦力が整い、上向く時其のときを静かに待っているのだろうか?

いずれにしても、観る側、ファンとしては「お疲れさまでした」としか言えないし、来期の活躍を期待して今日のお題の〆とします。

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2009年10月 3日 (土)

日本(人)とガッツポーズ

について考えています。
先に書いた「またかよ朝●龍」に通じるハナシですが、つまるところ「日本人の精神文化」にまで掘り下げられる深い深い(京都人は2度繰り返す)テーマなのである。

小生、そもそもプロレスが好きで、今から20数年前「週間プロレス」創刊号(それまでの月刊誌からリニューアル)にまで遡る。猪木VS馬場世代よりもちょっと後ですが、何と言っても初代タイガーマスクに感化され、毎週金曜日の夜8時が楽しみであった。そんで「週間プロレス」なる雑誌でよく、「格闘技」「武士道」「日本人の精神論」などについての論評がなされていた。

当時の編集長、ターザン●本なる人物が、編集長の立ち場を利用して好き放題、それは偏りまくり(!)ともいえるような論評を紙面で展開し、時々にプロレス、格闘技関係者と議論を戦わせ、ある時は決裂するなど、週プロ紙上で語り、論じ尽くされ、それはもう読者が洗脳されてしまうような「危なかっしさ」が読む者を魅了し、引き込んで行った、と思っている。

そこで展開されていた内容とは、プロレスにしても格闘技にしても、その根底、背景にあるものは「日本人の精神性=精神文化=武士道」なる論評だった。では、武士道とは何か、というと「常に死と隣り合わせ」の状況でも、取り乱す事なく、静かに其の時(=死の瞬間)を迎えよ、ということ。

現在、スポーツの世界で展開されている試合は所詮「勝ち負け」の優劣を競うものであって、江戸時代の武士が命を賭けて果たし合う(決闘=死闘)ものには遠く及ばない、という論評。

要するに、負ければ即死につながる武士の決闘とは、当然ながら「かなりの覚悟」が必要であり、勝ち(生)負け(死)とはそれほど重い重いものであった。そして勝った側は、負けた相手とその家族を思いやり、決して勝ちを誇示したりせず、勝てた(生きる事ができた)ことを静かに謙虚に神に感謝する。

こうした精神性がおそらく日本人のDNAの中には刷り込まれていて、現代のスポーツの中にも求める傾向がある。「勝って奢る事なかれ、負けて腐ることなかれ」「勝って兜の緒を締めよ」など、こうした言葉は日本人の多くは理解し、好む。

日本の社会、世の中は戦後60年以上経って、欧米文化が生活の中心になっている現在、古き良き「日本的」なるものに郷愁を抱きながら日々生活している。野球やサッカー、バレーボール、ゴルフ、テニスにバトミントン、水泳、スキーなどなど、そのどれもがスポーツ、競技としてメディアを通じて観戦できる。

特に国際試合は野球(WBC)でもサッカー(ワ−ルドカップ)でも見る側の意識が高揚して興奮(エキサイト)するし、オリンピックがその最たるもの。そして、世界を相手に日本(人)が勝てば選手も観客も大手を振って喜びを表現する(のがある意味自然の姿)。しかし、そうした中でも感情を表に出さず、厳しい表情を崩さない「イチロー」やハンマー投げの「室伏広治」のような存在を目にした時、「はっ」と我に返り、じわじわと感動を深めさせてくれる。
逆に、相撲の場合、憎らしいほど強い朝青龍が「勝って当然」のように振る舞い、堂々とガッツポーズをする姿を見て、心のどこかで素直に「受け入れ難い」気持ちにさせられる。また、あくまで個人的見解だが、柔道の試合で勝った選手がたびたびガッツポーズをしている姿にも違和感を覚える。

そうして考えた場合、観る側(観客)が欧米生まれの競技やスポーツに求めるものと、日本古来の相撲や武道に求めるものが「違う」という結論に至る。スポーツで選手やアスリート達がガッツポーズをする姿を見て「清々しく」感じても、相撲の力士や柔道など武道の選手がガッツポーズをする姿は武士道精神に反する(敗者に敬意を払っていない)行為に映る。

つまり、相撲や武道=柔道、剣道、空手(沖縄生まれか)などはスポーツのカテゴリーとは一線を画すべきである、というのが今日のお題のひとまずの結論なのだ。

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2009年9月30日 (水)

定期預金

しました。
そんで、平成16年以来記帳していなかった通帳の記帳もしてもらいました。
約10分待たされた・・・。

窓口の行員さんに「1年、3年、5年の3種類がありまして、それぞれ利息が違います。さらに、お客様ご自身でATMでお手続きをしてもらうとさらに金利が上がります・・・うんたらかんたら」
一通り(マニュアル通りの)説明を聞いて、5年ものにした。
金利は0.5%で、10万円預けるので、1年で(たった)500円ぽっち。さらに2割(100円)税金引かれるから実質400円也・・・。タバコ(290円)と缶コーヒー(120円)より安い!!
うーーむ。普通預金に入れたままなら気が付くと(使って)無くなるし、うーーむ。
ホンマに「うーーむ」なのである。

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